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「UP STYLE体験会」へ行ったよ 

昨日、私は「大津倉庫プティ・パレ」で行われたイベント、「UP STYLE 体験会」へ行ってきた。

倉庫の中にお花屋さんがあったり、アクセサリーショップがあったりするのだが、それぞれのブースで材料を購入してプチリースを作れたり、アクセサリーが作れたりと、参加型になっているのが特徴的だった。
ネイルサロンやハンドケア、タロットやオーラソーマのお店は人気で、待っている間にフロアに配置されたテーブルで休めて、コーヒーを飲んだり生演奏を楽しんだりできるのも大人な雰囲気でよかった。

私がとっても素敵なポストカードを販売しているブースで絵はがきを買ったあと、さて、と歩き出したら、後ろから声が聞こえた。

「あやさーん」

ハイハイ、アタシはあやですよ、と思って振り返るとにこにこと美しい女性がとあるブースの中から、

「あやさんですよね」

と、もう一度言った。
えーと、誰だっけ?(←失礼)と思っていたら、その方は以前長島珈琲焙煎店でお話をしたことがある方だった。

その方は「セパ鹿児島&Reばーす」というブースで、「自分のことをもっと好きになれる簡単なセルフケア(「UP STYLE体験会」フライヤーの説明による)」のワークショップを行っているらしい。
「ほめ日記」という本や、「自分ほめ」という言葉が見える。

自分もこの業界(?)長いので、うっすらとどこかで見聞きして、気になっていた存在である。

お話を聞いてみると、このワークショップでは、自分を褒めることにより、「自分を好きになり」「自分に自信を持ち」、そして「自己尊重感」を高めることを目的としているらしい。

ハイ、私、自己肯定感、自己尊重感の低さには自信があります。いつも言っているとおり、自信がないことに関しては自信がある、と胸を張って言えるのである。

そしてさらに、最近「こもって、よし ひきこもる僕、自立する私」という本↓

こもって、よし!―ひきこもる僕、自立する私
聞風坊
鉱脈社
売り上げランキング: 970806


を読んで以来、「自己肯定感」「自己尊重感」は私の中で大きなテーマになっていた。

私は一見、明るく社交的で人懐こい人間である。そういう部分も持っていることを自分で認める。しかし一方では、自分なんていなくなってしまえばいい、自分のことが嫌いだ、自分にはなんの価値もないと思っている。
「こもって、よし ひきこもる僕、自立する私」の中で私が強く共感した場所があった。

私は、今まで楽にのびのびいきいきと生きてきたわけではなく、普通の人が普通にやっていること、普通の人なら普通に与えられている権利も、努力に努力してやっと自分の手に入れてきた感じがある。私にとって普通の社会で普通に生きることは、とてつもなく困難であった。そもそもこの世に存在すること自体が大変な労苦を強いることであり、さらにそこから主体的に生きるとなると消費するエネルギーは莫大で、めまいがするほど消耗が激しいのである。
(略)
仮に回復して社会に復帰したところで、どうせ楽な生き方はできず、社会との折り合いの付け方に苦労に苦労を重ねてまた生きていかねばならないことは目に見えている。努力してまた痛苦を強いられるのが分かっている状態に、まわって復したくないのだ。こういう脈絡で、立ち直る気もないのである。


ホント、そうなんである。「過去のどの地点ぐらいまでに回復したいか」と聞かれても、アタシは答えられない。ずっと、生まれてこのかたずーっとキツかったのである。神さまが現れて、「お前をあのころに戻してやろう」と言ったら私はその足でどっか高い建物に行き、その屋上からぴょんと飛び降りるだろう。
この先私が上手く生き残るためには、新しい私を生み直し、育て直す必要がある。そのヒントになるのがどうやらこの自己肯定感、自己尊重感なんじゃないかと思ったのである。

「ほめる」のは良い。
というのは事実として知っている。子どもは褒めて育てよとよく言うし。
ただ、それが自分にとってどのくらい効果があるのか分からなかった。

実は、以前、「他人から褒められる」という体験はしたことがある。
数年前、森林間伐のワークショップ(笑)に参加したときに、閉会式か何かのときに、
「それじゃあ、グループのひとりひとりについて褒めていきましょう」
という謎の流れになったのである。
まあでも、昨日今日会った他人のことであるし、「○○の作業を頑張っていた」とかそんな感じである。
他人に褒められましょう、となると、他人は、

「そう、アタシのそういうところがほんっとにキライなのよ」

というところを褒めてくれる。
賞賛を期待してしまうのかもね。
それか、自分のことを嫌いなあまりに、

「もしや、自分の気づかなかった新しい自分を見つけてくれるかも!」

と過剰な期待を寄せてしまうのかも。

まあ、でも自分で自分を褒めるというのはやったことがないので、無料と言うしやってみることにした。

以下は自分で探した、10個の自分ぼめである。結構時間がかかった。

・そんなに人見知りしない。誰とでもしゃべれるのはえらい。
・お腹がすいてもいらいらしないで待てる。がまんづよい。
・本を読むのがめちゃ速い。時短。
・多趣味。下手でも長つづきする。えらい。
・夢を持っている。そのためにちょっとずつ努力している。成長した。
・自分の気持ちを声に出して言える。前はできなかった。
・いろんな形状の薬を飲める。(なかなかいない。)
・人の言葉の裏読みをしない。(素直。)
・運転免許をとった。よくがんばった。
・入りにくい店がない。どんな高級ブランドでも平気。(こわいもの知らずかも。)
※()内は、「この部分もっと褒めてあげて下さい」と言われて付け足した部分。

この十個を書き終わったら、なんとこれを声に出して音読するのである。おお!

で、照れに照れて読み終わったら、ワークショップの方が、

「おおー」

とちょい盛り上がって下さり、そして、

「ここのところ、素敵ですよね」

と言って下さった。

そのとき、なんでだか、ふわっと心があったかくなった。
小さいとき、先生から頭を撫でてもらったことがある。そのとき、うれしくて、あったかくて、その感覚を忘れたくないと思った。そのときの気持ちと一緒だった。

そっか。自分は他人から褒められたいんじゃなくて、肯定されたいんだ。
じぶんのいいところを、

「ねえ、あたしってこうなんだよ」

って言って、

「うん、そうだよね」

って言って欲しいんだ。

多分、自分含めて多くの人にとって、このワークショップはこっぱずかしいものだと思う。
ただ、この活動は、ノートに「自分の褒められるところを」探して書き出すだけだという。それをただできるときにするだけ。
自分は強迫性が強いので、コレ系の作業は諸刃の刃になるときもある。
ただ、大きなヒントをもらった、と思う。

特定非営利活動法人 自己尊重プラクティス協会(セパ)http://sepa-t.hp.infoseek.co.jp/
ちなみに私が惚れた素敵なポストカードを描いている絵かきさんのホームページ
むらさき色の畑http://www4.synapse.ne.jp/violet_field
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[2010/10/31 18:30] 未分類 | TB(0) | CM(2)

精神科に入院している時、繰り返し自己肯定のグループワークがありました。この記事に関して言うとあやさんと共感することがたくさんあって。こういう活動をされている方々がいるって素敵ですね!多趣味なあやさんも素敵です。
[2010/11/06 05:53] マチコ [ 編集 ]

マチコさん、コメントどうもありがとうございました。
グループワークで取り組んでいる病院もあるんですね。
これは他の団体の事例ですけれども、一人が喋っているときには、他の人は聞きっぱなし、喋っている人も言いっ放しがいいようです。下手にアドバイス受けるより、「これでいいんだ」という肯定感が強まるそうです。
[2010/11/08 07:46] そううつだもの あや [ 編集 ]

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