その夕方、私はとあるカフェバーのカウンター席で新作のチーズケーキセットを食べていた。
とはいえ南国鹿児島の日はまだ高く、光に幾分かの蜜のような色が混じり始めただけで、「もう夕方だから家に帰りなさい」と声を掛けられた子どもたちが盛大なブーイングを起こしても何の不思議もないくらい、その行く手にある夜はまだ存在を明らかにしていなかった。
思えば何故幼いときは時計の時間に忠実に従って行動していたのだろう。大人になったらいくらでも時計に縛られる生活が送れるというのに、なぜあのとき自由を謳歌しておかなかったのか、大いに謎だ。
さて、時刻はそろそろ午後6時に差し掛かろうとしていた。
おもむろにカフェバーの既に開いていたドアの向こうから、白と黒の服を着た男性が店内に入ってきた。
白と黒の服は一種の制服のような印象を抱かせ、男性の容貌の特徴を上手いこと隠微しているような感すらあった。
手には容器を持っている。
私がこの店で彼、もしくは彼に類するこの制服のような衣装の男性に遭遇するのは初めてではない。
彼は明らかに客とは違う性急な、しかししっかりとした足取りで店内を横切り、女主人の範疇であるはずのカウンターの中へ入った。
そしてそこに備えられている四角い機械の扉を開け、その中から手にした容器の中にがっしがっしと氷を入れていった。
そしてやはり性急な手つきでその扉を閉め、砂漠に不時着してしまった不幸なパイロットなら羨望するような足取りでカウンターを翻し、大股で出口に向かっていった。
まるで、小説の中に出てくる銀行強盗のような手際の良さだ、手にした現金は四千万、単独犯だったら分け前の分配で仲間と揉めることはないな、複数犯だったとしたら実行犯である彼と、現場に赴くというリスクを犯さなかったリーダー格の男との間で取り分について血の雨が降るのだ、と思いながら新しくフォークで切り取ったチーズケーキの欠片を口に運んでいると、
今、まさに彼がカフェバーの入り口の境界を越えようとしたとき、それまで全く彼に目も向けずにカウンターの中の作業を静かに行っていたこの店の女主人が静かに、しかしよく通る声で言った。
「そこのドア閉めて行って」
あ、よかった。別に私の目にだけ見えている空想上の人物なわけではなかったんだ。
小さな音で流れている異国のBGMに被せて、氷を失った製氷機がンガゴロンガゴロと新しい氷を吐き出す音が響いた。
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